教 師 修 行 道

日々の実践記録や出来事を綴っていきます

2017年11月6日の成長日記

6時前に起きる。
本来なら4時過ぎに起きて、授業の準備などをする予定だった。
しかし…
気持ちがついていけなかった。
今日から再び始まるというのに…
 
昨日までは3連休。
“仕事”や“学び”を一切行わなかった。
自分の「快感情」だけに沿って生きた。
好きなことをできるだけした。
朝も、とことん寝た。
疲れもあったのか…
連休2日目は、9時間ほど寝た。
心地の良い連休が過ごせた。
 
今日になったら心も切り替わるかと、内心期待はしていたが…
やはり無理か。
とりあえずパソコンを開く。
カバンから教科書を出す。
算数と社会だけには目を通す。
授業のイメージをする。
こういう状態でも…
授業には妥協はしたくない。
いろいろと矛盾はするが…
ここだけは譲れないのだろうか。
 
学校へ。
7時過ぎに到着する。
今の自分の状態からすれば…
すべてが「闇」に見える。
状態が非常に悪い。
通勤中「今日こそは…」と気持ちを切り替えようとするが…
毎度のことながら、実行できず。
教室へは上がらずに職員室で仕事をする。
 
【全校朝会】
子どもたちの登校も終えた頃に、教室へ。
ちょうど、整列して出発をするところだった。
後方に並んでいた子と目があう。
「おはよう」
自分の声にエネルギーがない。
ダメだな…
最近思うのだ。
こういう状態では、子どもたちの前に立つ資格はないと。
気が上がらない。
そんなレベルではないのかもしれない。
いや、ある意味、これが素の自分なのかもしれない。
ただ、スイッチを切り替えた自分とはギャップがありすぎる。
それが、余計に違和感を生むのかもしれない。
 
体育館へ。
多くのクラスでは、教師が先頭に立って掛け声をかけている。
「前へならえ!」
自分は、しない。
そんなことは、子どもたちで十分にできる。
なんでも教師がやってしまうから、子どもたちの自立の機会を奪ってしまうのだ。
もう11月だ。
一度、教師が何もしないで見てみるのもいい。
子どもたちは戸惑うかもしれない。
「いつも先生がいるのに…」
「いつも先生がやってくれるのに…」
けれども、やるべきことは分かっているはず。
きっと、子どもたちだけでできる。
もっと言えば、全校朝会時に黒板に「今日は全校朝会です」と書くのも、お節介レベルかもしれない。
それがあることで、子どもたちは“無思考”になる。
月曜日の朝に全校朝会があることは既知のことだ。
だったらどうすればいいかは子どもたちだけで判断ができるレベル。
年度当初は丁寧にやるべきだとは思う。
でも、それが3月まで続くのはどうだろうか…。
そういった考えは変わらない。
その思いで自分は行動しているが…
今は、それだけではない感情もある。
前に立たないのではなく、立てないのかもしれない…。
 
【1H 国語】
先週からスピーチをしている。
毎回3人。
今日の3人も素晴らしいスピーチだった。
聞き手を惹きつける工夫がある。
1人がスピーチをしたら、その後全員がコメントをする。
「いいところ」に絞ったコメント。
だいたい1分半から2分程で終える。
そして2人目、3人目も同じ流れで行う。
これだけで、1人あたり3回発言することになる。
時間にして10分程度。
 
その後は、図書の時間。
図書室へ。
「5分以内に、全員が本を借りるなりして、席に着く状態にします」
こんな指示を昔はしていた。
が、今はしない。
そんなことは“お節介”なのだ。
何も言わずとも、勝手に席に着いて読書が始まる。
実態によりけりだとは思う。
指示が必要な状態のクラスもあるだろう。
子どもの実態ありきで指導をする。
9時半。
1校時終了の時刻。
ここは、誰も気付かず…。
読書に夢中か?
この学校は、1校時と2校時の間のチャイムは鳴らない。
「終了です」
一言だけ伝える。
自分たちで本を戻し、椅子を入れて、教室へ戻る。
「ありがとうございました」と挨拶をして図書室を出る子も数人。
これでいいのだろう。
全員に“強要”(表現は不適切かもしれないが、現実だと思う)させることも時には必要だ。
粗探しをしてしまう自分がいる。
それが、今の自分の状態を余計に悪くする。
良さを認める。
その視点を、意識する。
 
【2H 算数】
穏やかに…のんびりと始める。
クラスが混合というのは、やはりやりにくい。
毎回毎回、単元ごとにメンバーが変わるのだ。
自分は好きではない。
だったら、年間を通して、固定されたメンバーでやりたい。
そうすれば、積み上がるものがある。
 
算数の授業、ツマラナイなぁ。
授業がツマラナイ。
けれども、子どもたちはついてくる。
必死で問題を解く。
端から見たら、どこにでも見られる“普通”の授業かもしれない。
だとすれば、その“普通”がいかにツマラナイか…
こんな授業で、子どもたちが「算数楽しい!」「算数大好き!」になるはずもない。
もっと授業を練らないといけない。
自分の気持ちの状態ももちろん原因にあるとは思う。
「教師のキャラ」は立派な教材となりうる。
今、その「キャラ」は消失している。
だからこそ、チャンスと捉えてはどうだろう?
もっと本質で勝負をする。
うーん…
自分の力量のなさに愕然…。
これが、今の現実だ。
もっともっと…力をつけないといけない。
そんなことも思う。
こういう状態でも…
授業に対しては、結構前向きな自分がいることに驚く。
 
【3H 社会】
クロスワードで導入。
その後、教科書音読。
資料や本文から、発言につなげる。
子どもたちの発言に対する姿勢が、授業の良し悪しを決めると言ってもいい。
発言がなければ、この授業スタイルは成り立たない。
かつ、発言者に偏りがあってもいけない。
少なくとも7〜8割の児童が“普通”に発言をする状態でなければならない。
最近は、こちらから“強要”しなくても、8〜9割の児童は発言をする。
基本は全員発言だ。
ただし、発問の如何で、発言量や発言者が変わってくる。
これは面白い。
今日は大きく2つの発問を投げかけた。
・民間で作られた憲法案と大日本帝国憲法の違いは?
・選挙権があるということは、国民の意思も十分に反映されているのでは?
この2つ目は「挑発的発問」だ。
こういう発問を投げることで「言いたいっ」と思う子が出てくる。
発言に勢いが生まれる。
この当時の選挙権を持つ人は…
・男性のみ
・15円以上の納税者
・25歳以上
これは、国民の約1%に過ぎない…
こういった背景や知識がきちんと入っていれば、発言に勢いが出てくる。
しかし、ここに到達していない子にとっては、通用しない。
が、勢いのある発言者の「発言」を聞くことで、理解を深めていく。
そして、自分の言葉で「発言」をする。
そういう様子が見られる。
 
どこで発言させるかも重要なのだろう。
また、この発言と思考をどう絡めるかも今後の課題となる。
本当に…
子どもたちはよく頑張っている。
こういう頑張りを見れば見るほど…
今の自分が嫌になる。
 
最後に歴史動画を視聴。
教科書内容と関連したところなので、いい意味で復習となる。
しかし、ここでは「インプット」に偏る。
ここでアウトプットの機会があれば、より知識として定着するのではないか?
・動画を見て、発言をする
・動画を見た後に、クロスワードをする
いくつかの手法が考えられる。
今後の課題だ。
 
【4H 算数】
テストを行う。
その間、自分は自学にコメントをする。
 
【給食】
準備開始が遅れている。
なかなか始まらない。
が、ここでも特に指示はしない。
誰かが気付く。
今は、それでいい。
それで、特段困ることはないのだ。
 
【昼休み】
ある用があって、副校長に話をする。
さらに別件で話があるという。
時間をとって、話をする。
自分の行く道が見えなくなった。
解決の糸口が見つからない。
気持ちがついていかない。
この状態を自分で把握できない。
このモヤモヤをありのまま伝えた。
 
一つ、アドバイスをいただいた。
なんだか、気持ちが少しスッキリする…
そうか…
自分で抱え込み過ぎなのかもしれない。
もっと頼ってもいいのかもしれない。
 
【5H 音楽】
出発前に、子どもたちにある話をした。
大きな一歩となるだろうか…。
 
その後、年休をとる。
自分の体調、気持ちを優先する。
 
こうやって久しぶりに振り返りを書くことができたのも、大きい。
今ある、このモヤモヤは、自分にとって無駄ではない。
必ず活きたものにする。