教 師 修 行 道

日々の実践記録や出来事を綴っていきます

2017年10月14日の成長日記

4時半に起きる。
だんだんと朝が冷えてきた。
まだ家では半袖短パンで過ごしているが…
そろそろ限界かもしれない。
朝方は冷える。
 
雨が降っている。
来週もほとんどが雨らしい。
連合運動会の朝練があるのだが…
これでは実施できない。
その分、長縄を行うことになる。
 
学校には6時過ぎに着く。
雨は弱まっていた。
ちょうどいい時間帯。
教室へ。
今日は土曜公開。
1時間目は算数のプリント学習中心。
これは学校で決まっている。
2時間目は社会。
3時間目は国語。
それぞれの計画をノートに書く。
 
【読書】
朝は読書タイム。
集中している。
20分間。
その間に、自学をチェック。
 
【1H 算数】
まずは次単元のレディネステストを行う。
その後、ベーシックドリル。
時間いっぱい使った。
 
【2H 社会】
寺子屋について。
教科書からわかることを発言していく。
・7〜8歳の子が通う
・農民や町人の子が通う
・読み書きそろばんを行う
・武士や僧、医者が先生になる
・生活に役立てていく
 
さらに突っ込んでいく。
「当時、どれだけの寺子屋があったと思いますか?」
50、100といった数が出る。
中には「1万」と答える子も。
「1万よりも多いか、少ないか」
ほとんどが少ないと回答。
正解は15000校。
それほどの数の寺子屋が存在していた。
寺子屋は、今の義務教育と違って、“強制”ではない。
 
では、どれほどの子どもたちが実際に通っていただろうか…
ヒントとして、諸外国の就学率を提示する。
イギリスは20〜25%、フランスは1.4%だ。
日本はどれくらいか…。
ここも予想させた。
正解は70〜85%ほど。
当時は世界一の識字率を誇っていたのだ。
 
ここで最後にもう一つ突っ込む。
「なぜ必ずしも通わなければならないわけではないのに、これほどまで多くの子どもが通っていたのだろうか」
ここから発言が続いていく。
・生活に役立つため
・計算などは商売をしていくためには、必要な知識(技能)だから
・親が「行け」と言ったから
 
最後にまとめる。
この時代は、子どもの教育に力を入れていた。
また、寺子屋以外にも「藩校」や「私塾」なども作られた。
それについても発言を中心にまとめていく。
 
歴史動画を視聴。
ちょうどタイムアップ。
 
【3H 国語】
漢字テストから始めようと思ったが…
テスト用紙が足りなかった。
テストを断念。
 
お札にしたい人物について考える。
人物を一人決める。
その人物の「よいところ」を発言していく。
 
音読。
「だいち」を暗唱。
声を張る。
「誰の声が聞こえますか?」
響いてくる。
羅生門」を読む。
“大小”をイメージする。
抑揚がだいぶでてきた。
走れメロス」を読む。
怒りが表情にも出てきた。
 
「紅鯉」の一文解釈。
「ぼく」の言っていることを信じられるかどうか。
まだまだ“小学生”の言うことには信憑性がないのではないか。
しかし、それは相手が大人だから?
相手が歳の近い中学生なら?
そういう背景を踏まえて心情を探っていく。
タイムアップ。
1分でノートまとめ。
 
【下校】
これで、今週が終わった。
少し残業をして、今日の振り返り。